2015年2月に米国医学研究所(IOM)より、SEIDという新しい疾患概念が提唱された。
世界で現状「慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Symdrome:CFS)」あるいは「筋痛性能脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis:ME)」などの名称で呼ばれている疾患の、診断基準を見直し、新しい疾患名「SEID(Systemic Exertion Intolerance disease)全身性労作不耐疾患 ※少し動いただけで非常に体調が悪くなってしまう病気」として、定義し直した方がよいのではという提言だ。
背景として、ME/CFS患者が米国内で83,600人〜250万人もおり(※1)(※2)、患者の1/4は外出もできない重篤な症状を呈している。また、経済損失は年間170億ドル〜230億ドル(約2〜3兆円)にのぼるなど、社会的に大きな問題である。
現状使われている疾患名にはそれぞれ問題がある。
「慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Symdrome:CFS)」だと「Fatigue 疲労」という言葉を使っていることから、その重篤さが過小評価され、誤った理解が広がる。
また、「筋痛性能脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis:ME)」という病名は、現状Encephalomyelitis(脳内炎症)を個々の患者さんで証明できていない(※4)、という問題がある。
そこで、諮問委員会が設けられ、この疾患にどう対処すべきかを提言することが求められた。諮問委員は、世界の25,000件ほどの論文を1年半ほどの時間をかけて網羅的にレビューし、下記提言を行った。
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検討の結果、MEやCFSといった従来の疾患定義の枠を超えて、疾患概念や診断基準を再定義した方がよいとされた。
病名について
それが的確な診断とケアを促進し、医師や一般に正しく理解されるためには、まず病名は中核症状を明確に捉えて、それを病名とすべきである(「労作不耐」を入れる)、「症候群」ではなく、「病気」であるということを明示するために”disease”をつける、などの経緯から「SEID(Systemic
Exertion Intolerance disease)全身性労作不耐疾患」という新病名が提唱された。
診断基準案も、スライド(下記9枚目)の通り示された。
前提として、下記三点をすべて満たすこと
・発症前に比べ、活動レベルが50%以上低下するほどの、休息をとっても回復しない重度の疲労が6ヶ月以上続く
・健康なときならば全く問題がなかった軽度の労作(動くこと)で、極度に倦怠感が悪化する
・睡眠障害がある(睡眠後の回復感がない、熟睡感がない)
上記に加え、少なくとも下記のどちらか一つを満たすこと
・認知機能の低下(記憶力・思考力等の低下)
・起立不耐症(起立性調節障害)※立ちくらみ、めまいなど
これらを、医師が診断し、この病状が(発症後)期間中半分以上に渡って続き、しかも程度が中等度もしくは重度の場合にのみ「SEID」の診断をつける。
そして、この疾患は(精神科医ではなく)内科医が診断し、ICD-10(※3)コードも、「身体疾患」として、新たな独立したコードをつけることが望ましいとされた。
また、今までは、医師の中でも、ME/CFSを「病気だと思っていない人」が多いことも問題であった。しかし、今後ME/CFSもしくはSEIDは「重篤な全身疾患」であることを、医師がきちんと学び、診断・治療すべき疾患として認識するようにとの勧告も示した。
さらに、この診断基準等は、5年以内に、幅広い専門家で構成されたグループによってエビデンスが確立された時点で再考すべきである、とも提言された。
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この病名・診断基準の変更にはメリット・デメリット双方あり、賛否もわかれている。米国のジェイソン医師が、米国内の患者団体からとったアンケート結果(約200名)によると、その6-7割が「病名変更に反対」しており、反対派の意見が多い模様だ。
メリット・デメリットについてはスライドの通りだが、この疾患に科学的根拠に基づいた対応を求めた、という点では素晴らしいことである。
また、NIHはME/CFSの研究を後押しするとしており(2015年10月発表)、同時にその中心的役割は精神科ではなく、脳神経系の病態研究を行う機関、NINDS(the National Institute of Disorder and Stroke
米国国立神経疾患・脳卒中研究所)が担う、という点はプラスの面があると考えられる。
しかし、「SEID」という概念の元で研究を進めるならば意味がない、という反対意見も根強くあるのが現状である。
このような提言がなされたものの、今後具体的にどうなっていくのかは、まだ見えない状態である。(2015年11月現在)
■編集者注
※1:米国総人口は3.2億人
※2:患者数が正確に把握できていないため、大きなブレがある。一般的にはME/CFSの患者数は、どの国においても人口比で0.2-0.5%ほどだとされている
※3:ICD-10…「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」の現行の版(第10版)のこと。ICDは死因や疾病の国際的な統計基準として世界保健機関(WHO) によって公表された分類。
現状は「慢性疲労症候群(CFS)」の病名は、「精神疾患」の「その他神経症」の中に分類されており、患者からの反対意見が大きい。なお、「筋痛性能脊髄炎」は、「神経疾患」に分類されている。
※4:日本の「脳内炎症を直接証明」したという発表は2014年4月とつい最近のことで、一般的な技術とはなっておらず、まだ日本以外の国での検証研究の結果も発表されていない。